いつも二つの魂にそっと寄り添う産婆でありたい・・それだけを思ってお産を見つめてきました。


by akemi-karko

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カテゴリ:がんのこと( 46 )

時々 歯が欠けます

別に固いものを噛んだとかでなくても 欠けるんです。元々 歯は丈夫ではなく、人間ならば32本あるはずの歯が 私は現時点で27本。欠けたと思われるカケラを大事にテッシュにのせて 色々な方向から確認・・。これは確かに歯だよなぁ・・って。お気に入りの歯医者さんに電話を入れると 2ケ月ぶりに今日から診療を再開してるとのこと。なんてラッキーなんでしょう。欠けた場所もわからず それらしきカケラを持参で歯科の受付へ。やっぱり歯でした・・。抗がん剤をやってから 欠ける回数が増した気がします。欠ける度に ちょっと溜息・・一番硬いはずの体の一部が こんなに脆いなんてやっぱりショックです。
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by akemi-karko | 2007-04-23 20:07 | がんのこと | Comments(8)

帯津医師の受診日

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珍しく午後の予約。でも、いつもの電車で、いつものように川越に向かう。毎回、東京駅中央口にあるほんのり屋で 梅と鮭まぶしのおにぎりと味噌汁、おしんこで朝食。一息ついて鈍行に乗る。今日は特別。埼京線で川越終点まで乗り、バスに乗り換え 蔵の町で降りる。予約の二時半まで川越散策と決めた。何度目だろう。父と歩いた、母と歩いた。今日は、ひとり。蔵改造の茶房でコーヒーを飲みながら 月と産声の原稿を広げるも半ページ書いて やっぱり町に繰り出す。長岡式玄米食のランチは、さすがプロ。格安であってセンスよく盛られ、オーナーの心配りいっぱいの膳に舌鼓。最後は 田中屋美術館の茶房へ。たまたま居合わせた川越では有名な菅原南岳画伯87歳とお話。小さな肉筆画をひとつ購入し、サインをして頂いた。寒いのにビールをオーダーされていた。なかなかの爺やとみた。楽しいひとときだった。ちょっと遊びすぎ、帯津にはぎりぎりの14時28分着。間に合った。というかパーフェクト!!4ケ月ぶりの帯津医師、今日もやっぱり布袋さまのいいお顔をされていた。
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by akemi-karko | 2006-11-17 19:05 | がんのこと | Comments(0)

帯津病院の受診日に詠む(やみぃとの再会)

"生(あ)れしとき 死すときもまた ひとりなり  ひとりと思えば ひとりも愛(いと)し・・”
”ひとすじに 君に繋がる この糸の 煌きは 永遠(とわ)に 星となりても・・”
”友に貸す ロックのCD 気が付けば 中身は フジコのベートーヴェンなり”
”友も友 中身の違いに 気が付かず (癒し系)だと 感想述べる”
”4年前 闘病支えし (やみぃ)いる 埼玉の地は Special Place!”
"あちこちに 父の姿が 見えるよな 帯津医院の待合で待つ”
 やみぃは、髪やまつげも抜け 吐き気や便秘に苦しんだ2003年の 私の心を支えてくれた同病の友。がんサバイバーという言葉を教えてくれたのもやみぃ。彼女のつぐむブログの言葉は、私の言葉にとっても似ていて まるで代弁してくれているようでした。”もうあなたが 動かなくたっていいよ みんなに助けてもらおうよ ・・”動きすぎてるか 倒れているかの私をみかねて 私に。ふっと力が抜けました。いたずら好きの子猫のようなやみぃ。ドキドキの検診日には、いつも最高のお楽しみもセットして出掛けます。今回は、やみぃとのデートでした。Thanks,やみぃ♪
当時はまだパソコンなど縁のなかった私。どうしてやみぃのブログを知ったかと申しますと・・お隣の同級のマユミさんが、私へのエールに たくさんの闘病記ブログのコピーをせっせせっせと郵便ポストに入れてくれたのです。さり気ないマユミさんの優しさに感謝しました。
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by akemi-karko | 2006-07-30 06:04 | がんのこと | Comments(2)

ホリスティック医 帯津良一先生

3ケ月に一度通っている帯津三敬病院は、川越にあります。かつて、父に付き添い通ったその道を 今は私が通います。2002年、私は大事なひとを三人無くしました。最愛の父、親友、そして1726人取り上げさせていただいたその一番の方をです。ボロボロのその年の12月にがん告知。そう、私はがんサバイバーなのです。その病が、どれほど手強い相手であるかは十分承知しています。告知された時は、早すぎる・・と不覚にも一瞬 気を失いました。40歳冬のことでした。帯津医師は、西洋医学に東洋医学、代替療法にも理解のあるホリスティック医師です。布袋さまのような微笑みをたやすことなく、視診、触診、舌診、脈診をあっという間にされます。時々、気を高めるためにモンゴルを訪れるそうです。今時いない貴重な医師の中の医師であると私は思っています。検診が早めに終わったので私は、どうしても会いたかった友達に突然ランチお誘いメールを打ちました。そして、急遽、大宮からマックスヤマビコに飛び乗り 宇都宮へ。とても素敵な空間の”Dip Sum"で 最高に楽しいおしゃべり・・♪
 やっぱり 今日もいっぱいのありがとうをみんなに・・
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by akemi-karko | 2006-05-12 21:48 | がんのこと | Comments(16)

実家の庭に咲く 大切な私の”藤”

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結婚記念日(4月27日)に夫がプレゼントしてくれた藤の花です。控えめな薄紫と和かな薫り・・実家のリビングのソファーで 病気療養一年していた年の植樹。臥しつつも私が見れるように、家族で場所を選び、皆で植えてくれたあの日から 明日で丁度三年になります。
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by akemi-karko | 2006-04-26 13:58 | がんのこと | Comments(8)

小学4年生 女児の詩<右側が見えずらい弟>

障害はたった少しのことだけど  大きなことにつながる
だから 私はいつも弟の右側にいる
でも あっちを向いたり こっちを向いたりおいていかれる
でも 心の右側にいれば大丈夫  いつも祈ってあげられるから
  新聞の隅っこで見つけた詩です。私にはふたりの弟がいました。過去形であるのは、5歳離れていた一番下の弟が白血病で7歳でこの世を去ったからです。もう30年も経つのに、今こうして弟を思い出すだけでも涙が出てしまいます。きっと、このお姉ちゃんは弟を助け、心の右側にずっと寄り添っていくのでしょうね、私がそうしたかったように・・。
そして、私はもうひとりの弟のためにも 生きなければと思っています。私たちの両親は自営業でしたからそれはもう必死で毎日働いていました。そういう時代でした。10年一昔・・と言いますが、確かに10年毎で少しずつ時代の流れが変わり、子供の育つ環境も変わってきたように思います。親が忙しかった分,私たちはやはり寂しかったのだろうと・・当時はそれが当たり前だと思ってましたが。”三つ子の魂 百までも”(3歳までに その人格の土台は作られその一生に影響する)と言われたり、固い言葉では、”乳児期は、肌を離さず 幼児期は、手を離さず 児童期は、目を離さず 思春期は 心を離さず”とも。どうか、3歳まではせめてうんと抱きしめてほしいと思います。他の何にも変えられない。今しかないその時間…あなたが後ろ髪をひかれながらお仕事に向かうとき、子供は同じくらい寂しく、不安であるに違いないのです。そして、諦めることを覚えていく・・。一緒にいたい・・その自分の内なる声を大切にしてください。せめて、あなたを選んで生まれてきたいとしい子供が、3歳になるまでは・・。
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by akemi-karko | 2006-02-03 23:37 | がんのこと | Comments(2)