いつも二つの魂にそっと寄り添う産婆でありたい・・それだけを思ってお産を見つめてきました。


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野菜で書を・・

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時々、筆ならぬ様々な野菜を使って書を書きます。この書は 玉葱のちからをお借りして。葱、胡瓜、人参、大蒜・・色々試しました。墨の香りは最高のアロマ、昔から好きな香り、懐かしい香りです。深呼吸してから一気に書きます。大切なひとが病で苦しむときには 一日も早い回復を願いつつ (祈り)と書き、前向きに奮いたたせるときは (夢)と・・。書に於いてのこの自由な感覚は 榛原高校書道教師であり 現在は現代書家でニューヨークで個展も開く外山博彰先生から学ばせていただきました。我が家のリビングには 先生の書かれた山頭火の ( ほんのり 咲いて 水にうつり ) が掛かっています。
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# by akemi-karko | 2006-02-19 11:06 | 野菜で書 | Comments(8)

2月17日 滝沢八坂神社の田遊び を詠む

昨夜10時過ぎまで執り行なわれた静岡県指定無形民俗文化財の”田遊び”を初めて見せて頂きました。その演目の中にお産の場面があることを八木洋行氏よりお聞きして。いまだ余韻覚めやらぬ中、詠んだ3首。
”三百の余年続きし 田遊びの 伝承力よ あっぱれあっぱれ”
”田遊びの孕五月女(はらみさおとめ)の 出産は 蹲踞姿勢でヘルプもなしに”
”耳と口で伝承される田植え歌 遥か中世の調べに似たり ”
何があっても欠かすことなく、300年以上、毎年2月17日に行われてきたとのこと。ものすごいこと・・だと思いませんか?昔はそこに、満月があり、明け方まで延々と豊作を願い、演目は続いたのだそうです。月や星を見て動いていた人々・・。日本の風習の、その殆どは月暦の旧暦に合わせてあるのだと読んだことがあります。ああ・・なんと情緒的・・趣のある時代だったのでしょう。そんな時代にふっと引き戻される不思議な感覚を覚えた夜・・。”民俗学の森”の入り口・・この夜に、やっぱりThanks!
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# by akemi-karko | 2006-02-18 22:15 | 日記風即興短歌 | Comments(4)

日本語にうっとり・・

口語、文語ごちゃまぜの短歌ではありますが、言葉と戯れているのはほんとに楽しいもので飽きません。だから、ひとりの時間を過ごすのは得意。テレビはニュースさえ見なくなりました。その代わりに新聞は時間をかけて読みます。20年間読み続けた朝日を読売に変えたら、不思議なもので肩の力がふっと抜けた気がします。一昨日、その新聞で目に留まった言葉をふたつ・・”風待草”・・梅の古い呼び名だそうです。春風を待って咲くからだとか。そして、もうひとつ・・”梅明かり”・・梅が咲いているあたりに漂うほのかな明るさを言うそうです。こんな言葉に出会った日は、それはもうほのぼのしてふわふわと漂いたくなっちゃいます・・・。
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# by akemi-karko | 2006-02-12 09:11 | 日記風即興短歌 | Comments(4)

如月・・快晴の日に

”カシオペア西へ10度傾けば 月一段と 冴える如月”
”水仙の香り仄かに漂ひて (君の季節が来たね)と微笑む”
朝の2首。今日もいい日でありますように・・。
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# by akemi-karko | 2006-02-11 10:37 | 日記風即興短歌 | Comments(2)

生まれたて・・

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土門拳文化賞奨励賞を受賞したこともある写真家 多々良栄里氏が 友人のお産の撮影に駆け付けたときのワンシーン。この偶然は奇跡的・・。(焼津第1助産院にて)
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# by akemi-karko | 2006-02-06 22:35 | お産のこと | Comments(6)

2006年 2月6日 東京は寒かった

”友誘う 民俗学の森のなか トトロの森が浮かびウキウキ!”
”ヒマヤラの氷が溶けて湖(うみ)ができ 決壊怖るる ブータンの民”
”ネパールの草木を染めし手袋が ツンと冷えたるわが手を包む”
”つかの間の今世で出逢えし 偶然の 君異邦人 我異邦人”
”左目に木瓜(ぼけ)が刺さりて 夫(つま)を呼ぶ 片目つぶるも つぶる目間違う”
”リセットの必要な時は 旅にでる (ふらっとタイへ)にポカンとする夫”
”待合で 90過ぎのおばあちゃん 乗り出す話題は ロッテと巨人”
”頂いたグリーン席のチケットで セレブ気分の東京ー静岡”
”富士川は 水無し川となっており (どうなってるんだ?)と富士に尋ねる”
   本日詠んだ9首です。57577になっていませんが、どうぞ大目に・・。
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# by akemi-karko | 2006-02-06 21:03 | 日記風即興短歌 | Comments(2)

ハンディをもつ子供のママのあなたへ

”児の母に向きて言ふなり小児科医 (ひととの違ひは みな個性です)”菅晴子作
母の気になったことを、診察中の小児科の医師に尋ねたところ、医師日はく、(治りません。ひととの違いは みな個性です)たんたんと母親に話されたそうです 。こう言える医師は、そうはいないでしょう。私は、このお話を菅先生からうかがった時、そうだ そうだと思わず頷いていました。私の9歳の甥は、感音性難聴で補聴器なしでは会話は困難です。5感のひとつが欠けると、他の4感がまるで欠けた感覚を補うように鋭くなるんだな・・と彼を見ていていつも思います。そして、何よりも ひとの痛みのわかる優しい心をもった子供に育っていて・・。甥から学ぶこと多し、です。”個性”を認めたいですね。そこまでの道のりが容易いものではないことも承知です。でも、ハンディを持つことは、不便であっても不幸なことではない・・と私は思います。
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# by akemi-karko | 2006-02-05 08:58 | 伝えたいこと | Comments(0)

小学4年生 女児の詩<右側が見えずらい弟>

障害はたった少しのことだけど  大きなことにつながる
だから 私はいつも弟の右側にいる
でも あっちを向いたり こっちを向いたりおいていかれる
でも 心の右側にいれば大丈夫  いつも祈ってあげられるから
  新聞の隅っこで見つけた詩です。私にはふたりの弟がいました。過去形であるのは、5歳離れていた一番下の弟が白血病で7歳でこの世を去ったからです。もう30年も経つのに、今こうして弟を思い出すだけでも涙が出てしまいます。きっと、このお姉ちゃんは弟を助け、心の右側にずっと寄り添っていくのでしょうね、私がそうしたかったように・・。
そして、私はもうひとりの弟のためにも 生きなければと思っています。私たちの両親は自営業でしたからそれはもう必死で毎日働いていました。そういう時代でした。10年一昔・・と言いますが、確かに10年毎で少しずつ時代の流れが変わり、子供の育つ環境も変わってきたように思います。親が忙しかった分,私たちはやはり寂しかったのだろうと・・当時はそれが当たり前だと思ってましたが。”三つ子の魂 百までも”(3歳までに その人格の土台は作られその一生に影響する)と言われたり、固い言葉では、”乳児期は、肌を離さず 幼児期は、手を離さず 児童期は、目を離さず 思春期は 心を離さず”とも。どうか、3歳まではせめてうんと抱きしめてほしいと思います。他の何にも変えられない。今しかないその時間…あなたが後ろ髪をひかれながらお仕事に向かうとき、子供は同じくらい寂しく、不安であるに違いないのです。そして、諦めることを覚えていく・・。一緒にいたい・・その自分の内なる声を大切にしてください。せめて、あなたを選んで生まれてきたいとしい子供が、3歳になるまでは・・。
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# by akemi-karko | 2006-02-03 23:37 | がんのこと | Comments(2)

季節の花の美しさって・・

風によって 種が運ばれ 落ちた大地のその場所で、大地の水を吸い上げて、”私の季節”に花を咲かせ、種を残して 何も言わずに土に還る・・花の一生はひとの一生の如くですね。落ちた大地がどこであっても 何もいわずにありのままを受け入れる。嵐であっても必死に大地にしがみついて、踏みつけられて傷ついてもそれでも”私の季節”の為に踏ん張って・・。我が家の庭には、山茶花、水仙、野生の薔薇,梅、槿、雪柳、紫陽花、南天、木瓜、そして咲かない藤・・季節がくるとまるで”私は ここにいるの”といわんばかりに美しい花を咲かせてくれます。また、リビングから見える南に金木犀、その向こうの山には、私の大好きな山桜、東には天に向けてすっと立つ銀杏の木・・ああ・・なんてしあわせなんだろうと思います。そういえば、夫は結婚前会うたびに花を一輪プレゼントしてくれました。それが、たとえ仏壇用の菊の花であっても私はありがたく受け取りました。(彼はそれが仏壇用とは知りませんでした)3年前、大病をして1年動けなかった年のBirthdayには、藤の苗木をやっぱりプレゼント。それは、実家の庭で毎年花を咲かせてくれます。
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# by akemi-karko | 2006-02-02 19:13 | 花々 | Comments(4)

ようやく降りし雨を詠む

“沢枯れて 雨乞いをする山の民 やっと降りたる 雨よさまさま”
”雫得て 山々の精目覚めたり ひとの心も潤う睦月”
"しとしとと 滴る雨も好きだけど どちらかというと 土砂降りが好き”
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# by akemi-karko | 2006-01-31 18:02 | 日記風即興短歌 | Comments(2)