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月あかりの産屋

今日 出会った詩をひとつ

  「喜び」      高見順

 うんこが出た
 
 はじめ固く
 
 あとやわらかく快く

 おマルにまたがり

 僕は幸福だ

 僕は起きて うんこができるのだ

 ただただ うんこをすることに専念する

 小説の筋を考えながら うんこをしない

 新聞を読みながら うんこをしない


 腹部のオペをした後の 回復期の詩。オペは成功したのに、食べても全くでない1週間・・そして、やっと出たときはバンザイ!生きていける!ここの高見さんは、生の最も基本的レベルで幸福そのもの。人間、飾りをひっぱがしたらここへくる。生んでいただいた、育ってきた、今、生きている。こんな貴重なことはない・・。〔三木 卓〕 
 読売新聞もなかなか面白い。今日は、この詩に出会えただけでOK!・・充分です。
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Commented by 優のママ at 2006-03-22 22:52 x
“喜び”とは素晴らしい言葉、でも普段ではあまり使わない気がします。
私の“喜び”とは何だろう・・何気ない毎日を送っていた今日この頃、最近の喜びは、私の事を気にしてくれて電話をくれた事、嬉しかったです。
不安な私に小さな喜びでした、ありがとう
Commented by akemi-karko at 2006-03-24 08:12
喜びとは・・生きていること。同じ時代に生まれ、同じ地で生き、出会える偶然は必然でもあり・・と思います。不安なときは寄り添って。そんなに強くはないよ、ひとって。そう思わない?
Commented by taka at 2006-03-27 19:47 x
今晩は。いつもありがとうございます。
人間、食う、出す、のサイクルが基本。
「うんこ」が「喜び」ということ、分かります。
自分は胃潰瘍で死ぬ目に遭いました。
でも、何とか助けていただきました。
一番難儀したのは、「うんこ」がでなかったことです。
それが出てくれたときの感激と言ったら、何ものにも勝りました。
人間って、そんなものですね~。
Commented by akemi-karko at 2006-03-27 20:13
4年前、父をホスピスで看取りました。父は最期の最期まで座って排便をすると言って、全身の筋力が落ちた状態でも力を振り絞って座りました。私は、父の頭を支えるために額に鉢巻を巻き父の頭を後頭部で必死に支えました。だから、この詩も、そしてtakaさんのその時の気持ちも、とてもよくわかります。
by akemi-karko | 2006-03-22 20:30 | 伝えたいこと | Comments(4)

いつも二つの魂にそっと寄り添う産婆でありたい・・それだけを思ってお産を見つめてきました。
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